| ◆アンチを貫いて、その基底部にある実現基盤は何か。 ネットの登場が1つ可能性として考えられる。 ネットがあることで生産者と消費者を直接つながるルートができたというのは、実現した可能性といっても良い。これは、超市場と呼べる代物かもしれない。 しかし、それと自給志向や自習志向は、どう繋がっているのか。 洗脳からの脱却=旧観念からの脱却という視点からみた場合、現在のネット界は、相変わらずアンチ、否定の論調で占められている。実現といった論調は、るいネットを初め、ごくごく少数しかない。つまり、実現可能性という地平から見ると大きな断層がある。 また、自給志向についても、現実の需要も供給もそっちのけで、どっかで霞でも喰うような自給自足の発想しかないのでは、何も実現に繋がらないことは明らかである。 以上から、自習志向も、自給志向も、幻想の段階にとどまっており、実現という地平との間には大きな断層がある。 では、この断層を埋めるものは何であろうか。 もちろん、自給志向にしても、自習志向にしても、いずれにしても本源的な価値観に基いていることは明らかだが、実現という地平にはまだ至っていない。ほとんど幻想に近い地平に漂っているのが現状である。この断層を突破するのが、需要と供給というフレームの中にはめ込んでしまう視点である。 確かに、ネットというインフラは既に供給されているものである。それに対して本源期待は全て幻想であって、つまり欠乏としてのみ、需要としてのみあって、まだ誰もそれに応える供給者が登場していない。自習期待や自給期待は明らかにあるのだから、それにぴったりの新しい業態さえ供給できれば、次々と実現していくと考えられる。 つまり、幻想と見える自給期待や自習期待は、実は新たな、かつ巨大な需要源なのである。したがって、供給者が新しい業態をつくり上げ、供給する体制をつくりさえすれば、それらの幻想期待は直ちに実現されていく。 それは、農における自給期待も同様であって、一部貸し農園のようなものが既に登場しているが、これも1つの先行形態に過ぎず、もっとそれよりも優れた仕組みを提供できれば、もっと顕在化してくる。後は、生産者が新しい可能性に気付いて、キャッチできるか、そしてそれを具体的な形として実現していけるかにかかっている。 (8/12なんでや劇場6に続く)
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2012年8月19日日曜日
8/12なんでや劇場5 農と塾における業態革命~供給者が新しい業態をつくり上げ、供給する体制をつくりさえすれば、直ちに実現していく
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