2012年8月20日月曜日

8/12なんでや劇場4 農と塾における業態革命~業態革命が必要となってきたのはなぜか

◆では、なぜこのような業態革命が必要となってきたのか。

まずは農の業態革命の背景から考えてみる。

自然志向や節約志向は、豊かさの実現から説明が可能だが、新しい概念でもある自給志向はそれだけでは説明できない。自給志向はどこから出てきているのか。

自給志向、自習志向は、その背後に、市場からの脱却≒自給自足的なイメージが孕まれている。とりわけ311以降、この流れが強く顕在化してきた。
70年のヒッピーは、自給志向的、あるいは共同体志向的であり、ややこれに近い雰囲気を持っていた。つまり自給志向や自習志向は、豊かさが実現された時から、既に登場していた潮流である。
では、70年代、80年代、90年代まで、大きな潮流とはならなかった自給期待や自習期待が、11年以降、急速に顕在化したのはなぜか。

70年の段階で既に市場の終焉は明らかであったが、その当時、99.9%の人々は、そんなことは夢にも気づかず、市場は薔薇色だと思っていた。実際、70年代、80年代は、まだ伸びる余地は残っていた。しかし、さすがに85年、伸びる余地が無くなってくると、金融経済に舵を切り数字上だけの誤魔化しの経済成長を続けてきた。
それが08年リーマンショックに始まって、今回の311をきっかけに、市場の終焉が潜在思念的にほぼ共認された。つまり、70年代・80年代と10年代の決定的な違いは、ここにある。
もし、そうだとすれば、市場からの脱却というベクトルは当然発生する。すると、とりあえずは自給自足という発想にいきつくのもわかる。

自給志向の背後には市場からの脱却というベクトルが存在するが、独学志向についても同じようなことが言える。独学志向の背後には、近代200年間続く染脳からの脱却というベクトルが存在している。それは、ここ数年の統合階級の所業を見てきたら、必然的に生じるものであろう。だから、独学志向の背景には、統合階級、支配階級に対するアンチという色彩が強く感じられる。

一方で、市場からの脱却の方も同様で、市場の終焉を迎えて、統合階級は何をしているかといえば、とことん大衆からむしり取ることばかりしている。今回の消費税増税も、TPPも、何もかもそうである。この期に及んで、金貸しと配下の統合階級がやっていることは、とことん大衆から搾り取って自分たちの権力の延命を図ることばかりである。そうならば、もう市場から脱却してしまえ、というベクトルが生じてきたのも当然だろう。

従って、311以降、自給志向や自習志向が急激に高まってきたのは、直接的には、この支配階級からのアンチが決定的なファクターとして介在している。

しかし、これがアンチだけでは全く実現可能性につながらない。重要なのは、アンチを貫いてもっと基底部に可能性収束していると言える実現基盤があるか否かである。

(8/12なんでや劇場5に続く)
吉田達乃鯉
 

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